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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)6037号 判決 1979年2月15日

原告

山本嘉代子

被告

中村頼一

主文

一  被告は原告に対し金四八万五、五九六円およびこれに対する昭和四七年一二月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「(一) 被告は原告に対し金六五〇万六、八四六円およびこれに対する昭和四七年一二月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決。

二  被告

「(一) 原告の請求を棄却する。(二) 訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  事故の発生

昭和四七年一二月二八日午前五時五〇分ころ大阪市天王寺区上本町六丁目一番地先交差点において横断歩道上を北から南に向かつて歩行していた山本庄一に東から西に向かつて進行中の被告運転の普通乗用自動車(泉五五ほ三六六二号、以下被告車という。)の前部が衝突して庄一を路上に跳ね飛ばした。

(二)  被告の責任

被告は本件事故当時被告車を所有し、同車を自己のために運行の用に供していた者である。

(三)  損害

1 庄一の受傷および死亡

同人は右事故により頭部・顔面打撲創・頭部外傷第三型、左肘両手打撲創・胸部挫傷、腎臓および内臓破裂、骨盤粉砕骨折、両下腿粉砕開放性骨折、両足挫創の傷害を被り、よつて昭和四七年一二月二八日午前一一時一〇分ころ大阪市天王寺区生玉前町一六番地所在の辻外科病院において死亡した。

2 庄一と原告との身分関係

原告は昭和三七年一月五日ころから庄一と内縁関係に入り、以来同市南区東平野町二丁目七番地所在の東平荘のアパートで同居し内縁の夫婦として生活していたものである。

3 原告の損害額

(1) 扶養利益の逸失 五九七万一、四六六円

イ 庄一の賃金による分 五二四万三、七〇〇円

同人は大正七年一二月二日生まれ(当時五四歳)の健康な男子で調理士として稼働し、原告を扶養していた者であり、月平均一一万円の賃金を得ており、その五〇%が原告の生活費に充てられていた。そして、庄一の以後の就労可能年数は九・七年とみられるので、同人が死亡したことにより原告が失つた将来に亘る扶養利益の年五分の割合による中間利息を控除する年別ホフマン計算による庄一の死亡時における現価は標記の金額となる。

算式 一一〇、〇〇〇×一二×〇・五×七・九四五

ロ 恩給の逸失による分 七二万七、七六六円

庄一は生前年額一〇万三、〇〇〇円の恩給を得ており、その五〇%は原告の生活費に充てられていた。そして庄一の平均余命は二一・二五年であるのでもし同人が死亡しなかつたらその期間中同額の恩給を受けられるものといえるので、原告が失つた将来に亘る扶養利益の前年の年別ホフマン計算法により算出した庄一の死亡時における現価は標記の金額となる。

算式 一〇三、二〇〇×〇・五×一四・一〇四

(2) 葬儀費用 三三万五、三八〇円

原告は庄一の葬儀を主宰し、その費用に標記の金額を支出した。

(3) 慰藉料 四五〇万円

本件事故の態様、庄一の受傷および死亡、同人と原告との身分および生活関係その他諸般の事情をしん酌すると右事故により被つた原告の精神的苦痛に対する慰藉料は標記の金額が相当である。

(4) 弁護士費用 七〇万円

損害額合計一、一五〇万六、八四六円

(四)  損害の填補

原告は被告から四四万七、〇〇〇円、被告車加入の自賠責保険会社である日新火災海上保険株式会社から五五万三、〇〇〇円合計五〇〇万円の支払を受けた。

(五)  よつて原告は被告に対し残損害額金六五〇万六、八四六円およびこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四七年一二月二九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

(一)  請求原因(一)のうち庄一が横断歩道上を歩行していたことは否認するが、その余は認める。同(二)は認める。同(三)のうち、1は認めるが、2は不知、3は否認、同(四)は認める。同(五)は争う。

(二)  庄一にはその相続人として姉山本コハルがいるので仮に被告に損害賠償責任があるとしてもコハルが庄一の財産的および精神的損害についての損害賠償債権を相続により取得し、原告は庄一の内縁の妻であるので、右債権についての相続権はない。そして原告はその実父山本丈一郎、同人の死亡後は同人の養子山本博司(原告の実子)所有の多数の借家を管理し、その賃料収入を取得し、かつ生命保険会社に外交員として勤務し賃金を得て、庄一の生前から独自の収入で生活しており、同人に扶養されていたものではないから扶養利益の逸失はない。そして原告固有の慰藉料債権は発生せず、仮にそれが肯認されるにしても相当低額なものである。

三  被告の抗弁

(一)  本件事故は庄一が赤色の対面信号を無視して横断歩道外の西側を北から南に向つて飛び出して来たため発生したものであり、被告は指定最高速度(四〇キロメートル毎時)内の約三五キロメートル毎時の速度で被告車を運転していたので、右事故は庄一の一方的な過失によつて発生したものであり、被告には同車運転上の過失はなく、かつ、同車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたので、被告には自賠法三条但書の免責事由があり、庄一の受傷および死亡に伴う損害賠償債務はない。仮に右主張が理由がないとしても庄一にも前記の重大な過失があるので、被告の賠償額の算定に当り九割以上の過失相殺がなされるべきである。

(二)  被告は原告に対し同人が自認する金員のほかに本件事故による損害賠償として金八万円を支払つている。

四  被告の抗弁に対する原告の答弁

前記被告の抗弁(一)は否認する。同(二)のうち被告から二万三、〇〇〇円の支払を受けたことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因(一)のうち庄一が横断歩道上を歩行していたことを除くその余の事実については当事者間に争いがない。しかし、前記の点に争いがあるほかに、被告は同(二)の自分が被告車につき自賠法三条本文所定の運行供用者であることは認めるが、その抗弁として同条但書の免責事由および九割以上の過失相殺の主張をするので、右各主張を検討するに当つて本件事故発生の状況についてみる。

(一)  前記の争いのない事実に、成立に争いがない乙第八号証の一部、証人安川湯三の証言、被告本人尋問の結果の一部を総合すると次の事実を認めることができ、右乙第八号証、被告本人尋問の結果および原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第七号証のうち右認定に反する記載および供述部分は前掲各証拠に対比してたやすく措信することができず、ほかに右認定を左右するに足りる適当な証拠はない。

1  本件事故現場は東西に通じている。中央分離帯のある西行片側六車線、同車道幅員約一七・二メートルの道路と南北に通ずる道路とがほぼ直角に交差する交差点外西側の東西道路西行車線上であり、山本庄一との被告車の衝突場所は同交差点西側に南北方向に設置されている横断歩道外西側二、三メートル、東西道路西行第二車線上(車道南端から中央寄りに約五・六メートル)の辺りであること、同交差点は信号機による交通整理が行われている平坦なアスフアルト舗装の道路で、見通しを妨げるような障害物はなかつたが、本件事故当時雨天であり、冬期の早朝で付近はまだ暗く、霧が立つたような状態であつたこと、同交差点付近は当時車両の通行量はさ程多くはなかつたこと。公務委員会は最高速度を四〇キロメートル毎時に制限していたこと。

2  被告は被告車を運転し東西道路西行第二車線目を中央寄りに進路を採つて東から西に向かつて約三五キロメートル毎時の速度で進行し交差点を直進通過したが、その右横には数台の同一方向に併進している車両があり、すく右横の先行車両の進行速度が遅かつたので同車を追い抜いた瞬間庄一に被告車の右前部が衝突し同人をボンネツトの上に跳ね上げてさらに約二〇メートル直進し、急停車すると同時に同車の左前方約六メートルの車道上に同人を転落させて転倒させ、その衝撃で同人は頭部等を強打されたこと。被告車の対面信号は同車が交差点に入る直前位に青色に変つたと窺えるが、被告は庄一と同車が衝突するまで同人に気付いていないこと。

3  他方庄一は前記横断歩道の西側外二、三メートルの処を北から南に向かつて歩行していたが、西行車線上の中途辺りでその対面信号が青色の点滅(四秒)から赤色に変つたので左前方の進行車両には注意を払わずに道路を横断するべく駆け足で歩行し、被告車に対する衝突回避措置は採つていないこと。同人のほかにそのとき横断歩行者は五人位いたが、他の人は急いで渡り、庄一が一人遅れたこと。

(二)  右事実によれば被告は東西道路は広い幅員であり、かつ、自車の対面信号は交差点に進入直前に青色に変つたばかりであるから、横断歩道付近にまだそれを渡り終えない歩行者がいることを予測して右前方に対する注視を厳にしてその早期発見に勉めるべき注意義務があるのにもかかわらず、自車の対面信号のみを軽信して漫然とこれを怠り右前方に対する注視をおろそかにして進行し衝突時まで庄一の存在および動静に気付かなかつた被告車運転上の過失があり、右過失により本件事故は発生したといえるが、他方庄一にも広い道路を青色の点滅信号で西行車線を渡ろうとして同道路上に入つたと窺え、かつ横断中対面信号が赤色に変つたのに西行車両に注意を払わず被告車に対する衝突回避措置をなんら採つていないので横断歩行者としての不注意があり、右過失も右事故発生の原因となつていることは否めない。そうだとすると右事故は双方の過失が競合して発生したものといえ、その寄与の割合は被告の過失を六とすれば庄一のそれは四とするのが相当と思料される。

(三)  したがつて、その余の判断をするまでもなく、被告の自賠法三条但書の免責の抗弁は理由がなく、被告は同条本文により前記の過失割合等をしん酌して過失相殺による減額をした限度で庄一の受傷および死亡により発生した損害を賠償すべき債務があるといえる。

二  次に、右の損害について検討する。

(一)  請求原因(三)の1の事実は当事者間に争いがなく、2の事実は成立に争いがない甲第二号証、原告本人尋問の結果により成立を認めうる同第八号証および右尋問の結果によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  そこで原告が右事故により被つた損害額の明細についてみてみる。

1  扶養利益の逸失

(1) 前認定のとおり原告と庄一は内縁の夫婦として十年余り生計を共にして同居していたものであり、成立に争いがない乙第九ないし一三号、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、庄一には妻子がなく、原告(大正一三年三月一三日生まれ)は前夫との間で長男山本博司を設けたのち離婚後、庄一と内縁関係に入つたことが認められ、その関係はいわゆる重婚的内縁と異つて不倫な色合はなく法律的な保護に値いするので原告らは相互に扶養請求権を有するものといえる。そして、右各証拠によれば庄一には相続人として姉山本コハルがいるが同女は庄一とは生計を別にしており、本件事故による損害賠償については現在まで被告に対しなんらの権利行使もしていないことが認められる。そして原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一〇ないし一三号証、右尋問の結果、証人山本博司の証言に弁論の全趣旨を総合すれば庄一は生前健康であり、調理士として大阪近辺の料理店等に勤務し月額平均一一万円位の収入があつたこと、原告も生命保険会社の外交員として勤務しており、月額七万円位の収入はあつたが、固定給は二万円でその余は勧誘の成績に応じた歩合給で収入としてはきわめて不安定なものであり、原告が勤務していた動機は家計を助けるためであつて原告ら夫婦の生計は主として庄一の収入によつて維持されていたこと、原告の父山本丈一郎はその生前アパート一棟を所有していたが、それを生前に、昭和三八年に養子縁組した原告の長男博司に贈与し、原告はその一室を借り受けて現在居住しているだけで、その管理および賃料の取得は博司がしており、原告にはそれによる収入はないこと、庄一は前記の一一万円位のうち一万円を小遺銭として取り残り一〇万円位を家計に入れていたことが認められる。してみれば、経験則上、右一〇万円位の半額五万円が原告の一月分の生活費すなわち扶養に充てられていたと認められるので、原告は庄一の死亡により同額の扶養の利益を失つたといえる。そして、庄一はもし本件事故に会わなければ六七歳まで一三年間稼働し、原告を扶養し一月当り同額の利益を与えたと推定されるので、年五分の割合による中間利息を控除する年別ホフマン計算法により算出した右扶養利益の庄一の死亡時における現価は五八九万二、六六〇円となり、原告は同額の損害を被つたといえる。

算式 五〇、〇〇〇×一二×九・八二一一

(2) なお、成立に争いがない甲第一四号証の一、二、原告本人尋問の結果によれば庄一は戦時中軍役に服したので生前に普通恩給年額三万八、三四一円を支給されており、それは昭和四九年一月から年額五万四、七七二円に、同五九年一月から年額一〇万三、二〇〇円になる予定であつたことが認められるが、右恩給は庄一の稼働能力とは無関係に軍役に服した報償として一身専属的に支払われるものであり、同人死亡後は法規上所定の遺族に対しては扶助料が支給される旨規定されていること、庄一は右恩給は家計には入れていなかつたことが原告の供述により認められることに徴すれば、右恩給は原告の逸失した扶養利益の算定の要素として考慮に入れないのが相当であると思料される。

2  葬儀費用

原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一五ないし一九号証および右尋問の結果によれば原告は庄一の葬儀を主宰し、その主張のとおりその費用として三三万五、三八〇円を支出したことは認められるが、経験則上、そのための相当な範囲の費用は三〇万円であると認められるので、同額の限度で原告の同損害を相当と認める。

3  慰藉料

本件事故の態様、庄一の受傷および死亡、同人と原告との身分および生活関係その他諸般の事情をしん酌すると原告が右事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は三〇〇万円が相当であると認められる。

三  以上合計すると原告の被つた損害額は九一九万二、六六〇円となるが、前記一の(二)に説示の被告と庄一との過失割合等をしん酌して過失相殺してその四〇%を減額した五五一万五、五九六円が被告の原告に対する損害賠償債務額になるが、そのうち被告から四七万円、被告車加入の自賠責保険から四五五万三、〇〇〇円合計五〇二万三、〇〇〇円が原告に対し支払われていることは当事者間に争いがなく、かつ、成立に争いがない乙第一ないし六号証および被告本人尋問の結果によれば被告は原告に対し前記の金員のほかに五万七、〇〇〇円を支払つていることが認められるので、同債務の弁済額は結局五〇八万円となるのでこれを控除した被告の残債務額は四三万五、五九六円となり、本件事案の内容、訴訟経過、その難易度、前記認容額等を勘案すると弁護士費用は五万円が相当であると認められる。

四  よつて、被告は原告に対し残債務額および弁護士費用合計金四八万五、五九六円およびこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四七年一二月二九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるので、右の限度で原告の被告に対する本訴請求を正当として認容し、その余の請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担および仮執行の宣言につき民訴法八九条、九二条本文、一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片岡安夫)

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